「Floyd Roseの軌跡」(全4部)の第3部です。
- Part 1:誕生篇 — チューニングが狂う、その悩みが生んだ革命
- Part 2:変遷と現在篇 — 製造をめぐる旅、ドイツから日本、そしてアメリカへ
- Part 3:亜流ファミリー篇 — 枝分かれしていったロック式トレモロたち(この記事)
- Part 4:使いこなし・カスタム篇 — “育てる”トレモロと、終わりなき沼
前回までで、フロイドローズがどう生まれ(Part 1)、どう世界へ広がっていったか(Part 2)を追ってきた。今回は少し視点を変えて、フロイドローズの成功が生み出した”子孫たち”の物語だ。あまりの人気に、各社はこぞって似たトレモロを作った。あるものは正式なライセンスを受け、あるものは特許を巧みに回避し、あるものは本家を超えようとした。時系列でたどると、ロック式トレモロという分野そのものが進化していく様子が見えてくる。
ロッキンガー——フロイド”以前”の先駆者(1981〜1982)
意外に思われるかもしれないが、クレイマー社が最初に採用したロック式トレモロは、フロイドローズではなかった。ドイツの発明家ヘルムート・ロッキンガーが手がけた「ロッキンガー(Tru-Tune/TTT)」である。
これはフロイドローズが本格量産に入る前から存在し、アメリカでは「Edward Van Halen Tremolo(エドワード・ヴァン・ヘイレン・トレモロ)」という堂々たる名前で売られていた。実際、エディの有名な紫ストライプのクレイマー・ペイサーに載っていたのは、フロイドではなくこのロッキンガーだった時期がある。ボールエンドを切らずに弦を張れる、ボディ加工が少なくて済むといった独自の利点もあり、当時としては革命的なブリッジだった。
だが、ロッキンガーには弱点があった。真鍮製で材質が柔らかく、チューニングの安定性や操作感でフロイドに一歩譲ったのだ。エディ自身、当初こそロッキンガーを弾いていたものの、フロイドの新型(FRT-4プロトタイプ)が登場するとすぐに乗り換えてしまう。そして1982年、クレイマーがフロイドローズと契約を結ぶと、ロッキンガーはラインナップから静かに姿を消した。数ヶ月の差で歴史の主役の座を逃した、いわば”悲運の先駆者”である。
ちなみに「ロッキンガー」という名前、ロック式(LOCK)に引っかけたダジャレのように思えるが、実は発明者ヘルムート・ロッキンガーの姓がそのまま製品名になっただけである。ロック式トレモロがたまたま”Rockinger”だったのは、出来すぎた偶然の一致というわけだ。なお、量産スターたちがこぞってフロイドへ流れたあとも、このロッキンガーを”音が良い”と愛用し続けた著名プレイヤーがいる。ノルウェーのハードロックバンドTNTのロニー・ル・テクロだ。彼はトレードマークのフェンダー・ストラトキャスターにこのロッキンガーを載せ、長年その独特のトーンを鳴らし続けた。人と違う機材選びで知られる彼らしい選択で、フロイド一色になった時代における、数少ない”ロッキンガー派”の生き証人と言える。
ESP Magician——最初のホエールテール・コピー(1983)
フロイドのFRT-5(ホエールテール)が完成すると、当然のようにそれを真似た製品が現れる。その先陣を切ったとされるのが、日本のESPが1983年頃に出した「Magician(マジシャン)」だ。
これは史上初のFRT-5コピーとも言われるモデルで、当時の輸出用カタログには”Floyd Roseタイプ”としてはっきり紹介されていた。価格は5万円ほど。ただし製造されたのはごく短期間で、市場に出回った数も限られる。当時これを実際に使ったプレイヤーの証言では、精度の面では本家に一歩譲るところがあったようで、黎明期のクローン品にありがちな品質のばらつきをうかがわせる。とはいえ、本家が出てわずか数ヶ月で国産コピーを世に出したESPの動きの速さは、当時の日本のギター産業の勢いを象徴している。なおESPは後年、独自設計の「Synclear(シンクリア)」トレモロも手がけている。
Gotoh Edgeシリーズ——コピーを超えた進化(1986〜)
亜流の歴史のなかで、「コピー」から「独自の到達点」へと踏み込んだのが、日本のゴトー(後藤ガット)が手がけたIbanezの「Edge(エッジ)」シリーズだ。
1986年に登場したEdgeは、ゴトーとIbanezがフロイドの特許をライセンスしたうえで共同開発したもの。単なる模倣ではなく、随所に改良が加えられていた。ナイフエッジを交換できる構造にし、サドルの尖った角を減らしてすっきりした形にし(弦交換や取り回しがしやすくなる)、質量を増やしてサステインを稼ぐ。スタッドをスチールスリーブで固定する方式なども含め、「本家より扱いやすい」「市場最高のトレモロの一つ」と評されることさえある完成度だった。パーツメーカーのゴトーと、ギターブランドのIbanez——両者が手を組んだからこそ、金属加工の妙とプレイヤー目線の要求が一つに結実したと言える。
その後もEdgeは進化を続ける。1991年には弦ロックとファインチューナーを分離して低背化した「Lo-Pro Edge」、2003年には「Edge Pro」——と、Ibanezの上位機を支える屋台骨として磨かれていった。だが、この飽くなき改良の裏には、もう一つの見えざる動機が隠れていた。
Ibanez ZR——特許回避の到達点(2003〜2018)
Edgeシリーズの飽くなき改良の裏にあった、もう一つの動機。それは、フロイド特許のロイヤリティ(特許使用料)を、できれば払わずに済ませたい——というメーカー側の思惑である。
その一つの到達点が、2003年に登場したボールベアリング式の「ZR(Zero Resistance)」だ。従来のナイフエッジ支点に代わってボールベアリングを用いることで、より滑らかで摩耗に強い動作を実現。フロイド特許の核心部分を巧みに避けた設計だった。姉妹モデルとして7弦用の「ZR-7」や、非ロック・チューナーレス版の「SynchroniZR」なども展開されている。
ただし皮肉なことに、このZRもまた別の特許問題に直面する。ボールベアリングやチューナー機構をめぐる、発明家ジェフリー・マッケイブの特許との兼ね合いだ。そして、ここにこのシリーズを通じての”隠れた因縁”が顔を出す。実はこのマッケイブの特許、共同名義人としてもう一人の名前が刻まれている——ゲイリー・ケーラー。そう、Part 2で触れた、フロイドローズと特許をめぐって法廷で争った、あのケーラーである。この争いがどう決着したのかは資料によって記述が大きく食い違い、はっきりしたことは言えない。だが確かなのは、その後の彼が今度は特許を持つ側に回り、ボールベアリング技術を武器にマッケイブと手を組んで、Ibanezの前に立ちはだかったという事実だ。
この係争が影を落とし、フロイド本家の特許はすでに失効していたこともあって、Ibanezはマッケイブ側にロイヤリティを払うより、特許不要の従来型ナイフエッジ(Edgeなど)へ回帰する道を選ぶ。ZR系モデルは2015年前後に姿を消していった。かつてフロイドと争った当人が、今度は別の特許を手に、特許を避けようとした者の前に立っていた——ロック式トレモロという分野が、いかに知的財産の入り組んだ地雷原だったかを物語るエピソードである。
そのほかの家系——ライセンスと独自路線
主だった系譜のほかにも、亜流は数え切れないほど存在する。
正規ライセンス品としては、廉価〜中級機のOEMを一手に引き受けた竹内(Takeuchi)の存在が大きい。TRS-101をはじめとするユニットは、Ibanezの入門機、Jackson、Washburn、ヤマハ、アリアなど数多くのブランドに供給され、「フロイド系でもっともコピーされた設計」とも言われる。前回取り上げたフェルナンデスのヘッドクラッシャー系も、正規ライセンスの一員だ。
一方、特許を避けた独自路線では、ヤマハの「Rocking Magic」やフィンガークランプ式、前述のフェルナンデス「ボディクラッシャー」などがある。なかでも日本のギターキッズにとって忘れがたいのがESPの「Flicker(フリッカー)」だ。ここで一つ注意しておきたい。フリッカーの独自性は、弦をロックする機構そのものにあるのではなく、その”支点構造”にある。ナイフエッジ支点に頼らず、回転する蝶番(ヒンジ)を軸にした点がユニークなのだ。シリーズによって機構が異なり、FlickerⅠとⅢは回転ヒンジ式、Ⅱはピボットバーにナイフエッジが当たる方式と、同じ名前でも中身が違うのが面白い。
弦のロック機構についても触れておくと、フリッカーには弦をサドルでクランプする「ロック式」と、弦を通すだけの「貫通(非ロック)式」の2タイプが存在した。ただし、この”両端で弦をロックする”という考え方自体は、あくまでフロイドローズが確立した方式である。フリッカーはそれを支点構造の面から独自にアレンジしたのであって、「ロック機構をフロイドより先に発明した」わけではない。ここは誤解されやすいポイントなので、はっきりさせておきたい。
そんなフリッカーを、多くの日本のギターキッズの記憶に焼きつけたのが、LOUDNESSの高崎晃だ。彼はデビュー当時(1981年頃)、トレードマークだった赤ミラー・ガードのランダムスターに、このフリッカーⅠをベタ付けで搭載していた。「LOUDNESS」や「In The Mirror」といった初期曲のアームダウン・サウンドは、まさにこのフリッカーから生まれている。しかも高崎本人は後年、フリッカーのサドルまわりに、後発のフロイドローズのNFT(ノンファインチューナー)サドルを加工して移植する改造まで施している。先発のフリッカーに、あとから登場したフロイドの部品で手を入れる——この一台には、日本のロック式トレモロ黎明期の試行錯誤がそのまま凝縮されている。高崎は1988年頃、自身のキラーギターへの移行とともにフロイドローズへと乗り換えていくが、初期LOUDNESSの音を語るうえでフリッカーの存在は欠かせない。
こうして見渡すと、現代のロック式トレモロの大半は、何らかの形でフロイドローズの発明から枝分かれした子孫だと言える。ライセンスを受けた正統な後継、特許を回避した異端児、本家を超えようとした挑戦者——その多様さこそが、フロイドローズという発明のインパクトの大きさを物語っている。
次回予告
ここまでは、いわば「ブリッジそのもの」の話だった。だが、フロイドローズの世界にはもう一つ深い沼がある。ユニットを”育てる”ためのアクセサリーやカスタムパーツ、そして長年プレイヤーを悩ませてきた「弦切れ問題」への挑戦だ。
次回Part 4:使いこなし・カスタム篇では、真鍮やチタンのサステインブロック、カラフルなスプリング、弦が切れてもチューニングを保つスタビライザー、そして地味だが奥深い”アームの取り付け方式の進化”まで——45年の歴史のなかで積み重ねられてきた、実践と沼の世界に分け入っていく。シリーズ最終回、どうぞお楽しみに。
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