Kahlerの軌跡 Part2:変遷 — 黄金期、フルクラム参入、そして衰退

「Kahlerの軌跡」シリーズ(全4部+番外編)の第2部です。第1部「起源」から続けて読むのがおすすめです。


目次

カム式の強みと、80年代の追い風

Kahlerのカム式が支持された理由は明快だ。弦が常にローラー・サドルに接触し続ける構造でフリクションが少なく、ボディへのルーティング(加工)も最小限で済む。フローティング感は独特で、「スポンジーで滑らか」と評する人もいれば、その柔らかさを嫌う人もいる——好みがはっきり分かれるのもKahlerらしさだ。

火付け役になったのは、Adrian Belewだった。1983年のソロ作『Twang Bar King』でのKahlerサウンドがKahler躍進の口火を切った、と公式も認めている。ちなみにその実機は、1966年製のFender Mustangを改造した1本。Belewはムスタングの軽さとスプリンギーなアームを愛したが、チューニングが不安定なため、トレモロをKahlerに換装して使っていた(ジャケット絵柄に合わせたペイントも施され、Roland GR-300のコントローラーとしても組まれていた)。

続くPhil Collen(Def Leppard)のケースは、公式と実態のズレが面白い。MTVで彼が振り回していたのはIbanez Destroyer DT-555だが、これは1980年のDT400をベースにした特注機で、しかもKahlerを取り付けたのは第1部で登場したDave Storey本人だった。一方で店で買えた市販のDT-555にKahlerは載っておらず、初期はIbanez自製のHard Rocker Pro(シンクロナイズド式)、1984年半ばからはPro Rock’r(ダブルロック式)が標準。「憧れのKahler付きは特注、量産機はIbanezのトレモロ」という構図で、当時のプレイヤーの憧れの源泉そのものだった。

80年代を通じて、ほぼ全ての主要ギターメーカーがラインナップのどこかにKahler搭載モデルを持つほどの普及を見せる。使用アーティストにはKerry King(Slayer)、K.K. Downing/Glenn Tipton(Judas Priest)、そしてDave Murray(Iron Maiden)——彼は1983年頃から97年頃まで、あのBlack Stratの一部にKahlerを載せていた(Iron Maiden期のDestroyerは固定ブリッジで、Kahlerとは無関係)——ら、メタル/ハードロックの顔ぶれが並ぶ。ベースにトレモロを載せられる数少ないシステムだった点も見逃せず、Billy SheehanやLes Claypool、Victor Wootenといったベーシストにも使われた。

純正オプションとしての広がりを象徴するのがCarvinだ。1984年、CarvinはKahler(Kahler Pro)を”初めての純正トレモロ”として採用した——Floydより先にKahlerを載せた格好で、これがJacksonやKramerと肩を並べる決め手になった。同年登場のスター型モデルV220はその代表格で、マーティ・フリードマンらが愛用。さらにCarvinブランドを冠したKahler Steeler(=ライセンスFloyd)まで用意されるなど、アメリカ製シュレッド機の一角にKahlerがしっかり食い込んでいた。

最盛期には従業員42名で1日450個を生産していたという(この数字も公式サイトの自社申告)。真鍮のカム+ローラーという「80年代のホットな新技術」は、それだけの需要を生んでいた。

公式が語るが、裏取りが難しい話:Steve VaiとLoch Ness Green JEM

Kahler公式「About」ページは「Steve Vaiが自身のLoch Ness Green JEMにKahlerを載せ、Kahlerを一流ヴィルトゥオーゾの必須ハードウェアにした」と誇らしげに書いている。ところが史実はやや違う。市販されたIbanez JEM777LNGに搭載されていたのは、Gotohと共同開発したIbanez Edge(フロイド系ロック式)であって、Kahlerではない。Vaiがこの時期にツアーで実際にKahlerを積んでいたのは、記録に残る限りイエローのJackson Soloist(Guitar World誌1987年1月号)で、彼のCharvel系やPerformance製カスタムはいずれもリセスド・フロイドローズだった。つまりこの一節は、メーカー公式の記述が必ずしも史実と一致しない好例。ブランドの自己紹介をそのまま鵜呑みにしない、という良い教訓でもある。

フルクラム式への参入 — ライバルの土俵に上がる

面白いねじれがここで起きる。OEM市場ではFloyd Rose型(フルクラム式・ダブルロック)への需要が根強く、Kahlerもそれに応える形で独自のフルクラム系トレモロを投入した。それが「Steeler」「Killer」「Spyder」の3機種だ。この時期に各社が生み出したライセンス品・回避型の全体像は、フロイドローズの軌跡 Part3(亜流ファミリー篇)で詳しく扱っている。

これらを設計したのは、当時Kahlerで開発を担っていたナッシュビルのルシアー、David Petschulat。互換パーツを持つ製品ラインとして、フルクラム技術に多くの改良を盛り込んだ。Steeler(2600)はKahlerがライセンスを受けたOriginal Floyd Roseそのもの、Spyder/KillerはFloyd Roseの技術とKahler独自技術を併用したもので、ブリッジの弦ロック部には「FLOYD ROSE LIC」の刻印が入っていた。ライバルの特許技術を、正式ライセンスの下で自社製造する——という構図である。

注意(訴訟の顛末は資料で食い違う)

この時期、Gary KahlerとFloyd Roseの間には特許を巡る法廷闘争があった。ただしその決着の描かれ方は資料によって大きく割れる。Floyd Rose側のWikipediaは「裁判所はKahlerのトレモロがFloyd Roseの特許を侵害したと認定し、Gary Kahlerに1億ドルを超える賠償を命じた」と断定的に記す。一方で「Kahlerが勝訴し、初期Floyd Rose Pro(Kramer向け)や自社のKiller/Steeler/Spyderを製造する権利を得た」とする説(VintageFloydRose.comなど)もある。少なくとも「FLOYD ROSE LIC」刻印が示す通り、フルクラム機がFloyd Roseのライセンス下で作られたことは確かだが、勝敗や賠償額を断定する書き方は避けたほうが誠実だろう。

衰退 — トレモロからゴルフクラブへ

90年代に入ると潮目が変わる。特許訴訟の負担、R&D予算の圧迫、そしてトレモロ市場そのものの縮小が重なった。American Precision Metal Worksは、電気メッキ事業のArtistic PlatingとKahler International Inc.の2社に分社化。トレモロ需要がしぼむ一方でゴルフクラブ需要が高騰し、Kahlerは鍛造ゴルフクラブヘッドへと軸足を移していく。工程が似ているとはいえ、ギタートレモロのメーカーがゴルフクラブで食い繋いだという事実は、それ自体が意外性のあるフックになる。

Industrial EngineerのScott Millerと組んでこのゴルフ事業を伸ばし、2000年、Gary Kahlerはゴルフクラブとギターパーツの製造事業をScott Millerの投資グループにオプション売却する。しかし2003年までに事業は不振に陥り、2004年、Gary Kahlerは会社を買い戻して、ギターハードウェア専業へと回帰した。


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