ロック式トレモロの金字塔・Floyd Roseをたどるシリーズ「Floyd Roseの軌跡」(全4部)の第1部です。
- Part 1:誕生篇 — チューニングが狂う、その悩みが生んだ革命(この記事)
- Part 2:変遷と現在篇 — 製造をめぐる旅、ドイツから日本、そしてアメリカへ
- Part 3:亜流ファミリー篇 — 枝分かれしていったロック式トレモロたち
- Part 4:使いこなし・カスタム篇 — “育てる”トレモロと、終わりなき沼

ギターのアームを思い切り使うと、チューニングが狂う。エレキギターを弾く人なら誰もが一度は経験するこの「あるある」を、根本から解決してしまった発明がある。フロイドローズのロッキング・トレモロだ。
今でこそメタルやシュレッド系ギターの象徴のように語られるこのユニットも、出発点は一人のギタリストの、ごく個人的なフラストレーションだった。このシリーズでは全4回にわたって、フロイドローズがどこから来て、どう進化し、今どこへ向かっているのかを追いかけていく。第1回は、すべての始まり——「誕生」の物語から。
深夜の気づき
発明者のフロイド・D・ローズは、ジミ・ヘンドリックスやディープ・パープルに憧れてアームを多用するギタリストだった。ところが愛用のストラトは、アームを使うたびに音程が狂ってしまう。当時のトレモロを使うプレイヤー共通の悩みだ。
転機は、ある晩ふと訪れる。ローズがテレビを観ながら弦をいじっていて、アームを下げると弦がナットの上を滑って動いていることに気づいたのだ。狂いの元凶は、ナットの部分で弦が”逃げて”いたこと。ならば、弦をそこで固定してしまえばいい——答えはシンプルだった。
問題は、どう固定するかだ。ローズは昼はジュエリー職人として働いており、宝飾用の工具と金属加工の技術を持っていた。最初はなんと、瞬間接着剤で弦を留めてみたという。実際それでもある程度は効いたが、接着剤が劣化すれば元の木阿弥。そこで彼は、真鍮製のクランプで弦を物理的にロックする機構を自作しはじめる。
ガレージの発明家
ナットのロックだけでは狂いは完全には消えなかった。そこでローズはブリッジ側にも着目し、弦をナットとブリッジの両端で固定する「ダブルロッキング」構造にたどり着く。これこそが、従来のフェンダーやビグスビーのトレモロと決定的に違う点だった。
初期の試作は真鍮製で強度が足りず、後に焼き入れした鋼へと素材を変更。1976〜77年ごろに実用的な第1号が完成し、両親から借りた600ドルで機械工場に本格的なモデルを作らせたという逸話も残っている。そして1979年、彼はついに米国特許を取得する。自宅ガレージのDIYから始まった発明が、正式に世に出る準備を整えた瞬間だった。
シリアルナンバー2番の男
面白いのは、まだ量産体制もない特許取得前の段階で、この手作りの装置が当時の最先端ギタリストたちの手に次々と渡っていったことだ。ローズはシアトルの自身の工房で、約50台をひとつずつハンドメイドしていた。
この最初期の50台の行き先が、そのままロック史の一部になっている。伝えられるところでは、シリアルナンバー2番がエディ・ヴァン・ヘイレン、3番がジャーニーのニール・ショーン、4番がナイト・レンジャーのブラッド・ギルス。さらにスティーヴ・ヴァイやラッシュのアレックス・ライフソン、そしてローズの知人でジミヘンのそっくりさん芸で知られたランディ・ハンセンらも、ごく早い時期に手に入れている。
とりわけエディ・ヴァン・ヘイレンの存在は大きかった。彼は自らの”フランケンストラト”にこの装置を載せ、過激なアーミングを武器に一気にその名を世に知らしめる。当時この装置はまだ単に「ローズ・トレモロ」と呼ばれていた。
エディが変えた”最後のかたち”
需要の爆発を受け、1981年ごろから日本の商社フェルナンデスが量産を担い、初期モデルのFRT-1、続いてFRT-3が生まれる(この日本での生産の話は次回くわしく触れる)。だがこの頃、すべてのユーザーを悩ませる弱点が残っていた。弦をナットで固定してしまうと、普通のペグでチューニングできない——微調整のたびにナットを緩める必要があったのだ。
この問題を解決へと導いたのも、またエディだった。彼の提案を受け、ローズはベースプレートの後方を伸ばし、そこに弦ごとの微調整ネジ(ファインチューナー)を並べる。こうして生まれたのがFRT-4だ。
ところがFRT-4には、実際に弾いてみて初めてわかる欠点があった。ファインチューナーがほぼ垂直に立っていたため、演奏中に右手が当たってしまうのだ。そこでネジ部を後方へ寝かせ、手の届かない位置へ角度をつけて逃がした。この改良版が、独特の”ホエールテール(クジラの尾)”形状をもつFRT-5——1983年に完成し、40年以上経った今もほとんど変わらずに使われ続けている基本形である。
ちなみにエディはこのとき「ドロップDまで下げられる可動域が欲しい」という要望も出していた。この一言が、後年のワンタッチでドロップDにする画期的なパーツ「D-Tuna」へとつながっていく——が、その話はまた別の回で。
次回予告
一人のギタリストが、深夜にふと気づいた「弦の逃げ」。そこから瞬間接着剤、真鍮のクランプ、ガレージでの手作り、そしてスターたちの手を経て、わずか数年で”完成形”に到達した。普通なら数十年かかる進化を、フロイド・ローズは一気に駆け抜けたのだ。
次回Part 2:変遷と現在篇では、完成したフロイドローズが世界へ広がっていく「製造をめぐる旅」を追う。ドイツ・シャーラー社への移管、日本・フェルナンデスとの知られざる”確執”、そして2020年代に起きた40年ぶりの大転換まで——ビジネスの視点から、このユニットのもう一つの物語をひもといていく。
≪ 前の記事:(この記事がシリーズ最初です) | 次の記事:Part 2 変遷と現在篇 ≫
コメント