「MXRの興亡史」シリーズ(全3部)の第1部です。
- Part1:修理工房から生まれたペダル帝国(この記事)
- Part2:ラックマウント時代とスタジオ機材、そして崩壊
- Part3:休眠を経て、Dunlopが遺産を受け継ぐ

すべては「音の悪さへの憤り」から始まった
MXRというブランド名を聞いて、多くのギタリストが真っ先に思い浮かべるのはオレンジ色のPhase 90だろう。だが、この会社の出発点はエフェクトペダルではなく、もっと地味な「修理業」だった。
1971年、ニューヨーク州ロチェスター郊外の高校で出会ったKeith BarrとTerry Sherwoodは、「Audio Services」という名前でオーディオ機器の修理業を始める。場所は自宅の地下アパート。扱っていたのはミキサー、ハイファイ機器、そして他社製のギターエフェクター。
ここでBarrとSherwoodは、修理のために持ち込まれる大量のエフェクターの品質のひどさに直面することになる。当時のペダルは筐体が大きく壊れやすいものが多く、「これなら自分たちの方がマシなものを作れるんじゃないか」という発想がMXR誕生の原点になった。実際にありがちな創業ストーリーではあるが、この「修理屋が製造業に転身する」という流れは、後の展開を考えると意外と重要な伏線になっている。
社名の由来は「ミキサー」
MXRという社名自体にも小さなエピソードがある。二人が最初に手掛けた製品は実はエフェクターではなくオーディオミキサーで、これがきっかけで友人が「ミキサーを直してたんだから、ミキサーの略でMXRって呼べばいいじゃん」と提案したのが由来とされている。
Barrはミキサーを1台作ってみたものの、その作業をあまり面白いと感じなかったらしい。むしろ興味を惹かれたのは、ギタリスト仲間たちが熱く語っていたエフェクトペダルの方だった。その後、社名をより事業らしく響かせるために「MXR Innovations」と拡張し、1974年に法人化している。
余談だが、”Mixer”から母音を全部抜いて子音だけ残す(M・X・R)という省略の仕方は、当時の電子機器業界ではそこまで珍しいものではなかったようだ(同時代のDBXなども近い発想)。ただ、後にBarrがAlesisでFV-1という今でも多くのペダルメーカーが使うDSPチップを開発することを考えると、この「機能を凝縮して名付ける」感覚は、彼のエンジニア気質をよく表しているように思う。
Phase 90の誕生 — 1972年設計、1973年量産
MXRの最初の、そして最も象徴的な製品となるPhase 90は、1972年にBarrによって設計された。ただし本格的な量産が始まったのは1973年末で、MXR Innovationsの法人化はその数ヶ月後の1974年という順番になる。
塗装にまつわる逸話も面白い。Barrはフォードのエコノラインバンのオレンジのペイントジョブにインスパイアされ、Ditzler PPG社の自動車塗料「Bold Orange」をPhase 90の仕上げに採用したという。ロゴも彼自身がデザインし、筆記体(スクリプト体)のMXRロゴを各ペダルの天板にシルクスクリーン印刷していた。
初期の生産体制はかなり手作りに近い。BarrとSherwood、そして時給わずかなアルバイトの若者たちが、ロチェスターの小さな工場でペダルを組み立てていた。塗装は40ドルのシアーズ製スプレーキットを使い、Barr自身が手描きでロゴを入れ、回路基板は水槽でエッチングしていたという話も残っている。完成したペダルは、ライブ会場の駐車場で車のトランクから直接売られることも多かったそうだ。ガレージバンド的なDIY感が、後の巨大ブランドの出発点にあったというのはなかなか興味深い。
中核ラインナップの確立:Distortion+、Dyna Comp、Blue Box
Phase 90に続き、MXRは立て続けに看板製品を送り出していく。
- Distortion+:歪み系ペダルの定番として、後にRandy RhoadsやJerry Garciaのサウンドの一部を支えることになる
- Dyna Comp:RCA社のVCAチップ(CA3080)を使った初のコンプレッサーペダルとされ、後年数え切れないほどのクローンやオマージュを生んだ、コンプレッサー史における重要な一台
- Blue Box:Edgar Winterの「Frankenstein」で使われたサブオクターブ効果にインスパイアされたオクターブファズ。発売当初の売れ行きは芳しくなかったが、Jimmy Pageが「Fool in the Rain」のソロで使用したことでも知られる
この4機種(Phase 90、Distortion+、Dyna Comp、Blue Box)が、いわゆる「スクリプト期」を代表するMXRの中核ラインナップとなった。
スクリプトロゴからブロックロゴへ
MXRのペダルは、ロゴのデザインによって時代区分されることが多い。
スクリプト期:筆記体ロゴが特徴。最初期のものはロゴがやや大きめのフォントで、ケース上面にシルクスクリーン印刷されていた。現在のヴィンテージ市場では、このスクリプト期のペダルに最も高いプレミアがついている。
ブロックロゴ期1(1975〜76年頃〜1981年):ケース前面の書体が角ばった「ブロック体」に変更された時期。回路自体はスクリプト期とほとんど変わっていない。
ブロックロゴ期2(1981年〜1984年):LEDやACアダプタージャックが追加された時期。基板はブロックロゴ期1とほぼ同じものが使われ続けていた。
面白いのは、後年MXR(Dunlop)でヴィンテージ復刻を手掛けたJeorge Tripps自身が「回路はほとんど変わっていない。Phase 90はごくわずかな変更しかなかったし、Dyna Compに至ってはほぼ無変更だった」と証言している点だ。つまり、ロゴの見た目こそ時代とともに変化したが、中身の設計思想は驚くほど一貫していたということになる。
同じ1981年には、廉価なプラスチック(Lexan製)筐体を採用したCommandeシリーズも投入されている。入出力ジャックと電源ジャックをすべてケース上部に配置し、ペダルボード上でよりコンパクトに並べられるよう設計を変更した点が特徴だった。
Part1はここまで。次回Part2では、いよいよMXRがコンパクトペダルの枠を飛び出し、ラックマウント機材やスタジオ向け機器へと手を広げていく時代——そして1984年の崩壊、Alesis / ARTへの分裂という、このブランド最大のドラマに入っていきます。
≪ 前の記事:(この記事がシリーズ第1回です)| 次の記事:Part2 ラックマウント時代とスタジオ機材、そして崩壊 ≫
コメント